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*八 それぞれの役割

last update Last Updated: 2025-09-08 18:00:56

 ケンカをしないことは当人たちの努力も大切だが、楓自身も振舞いに気を付けた方が何かと摩擦が起きないのではないだろうか。

(保護猫や保護犬でも、相性を考慮するのは大事だったからね)

 両親が保護活動をし、預かりをしている際、動物同士の相性を考慮しながらゲージの配置を決めたり、遊ばせる時間などを決めていたのを、楓は思い出していた。

 松葉たちは半獣だし、見た目だって実際の年齢だって楓よりも上なので、保護動物のように考えるのは失礼かもしれない。しかし、動物だろうが半獣だろうが人間だろうが、相性の問題は大きいのは確かだ。何より、本人の適正というものもあるだろう。

 そこで楓は松葉と常盤と話し合い、住まいでの過ごし方を考えた。

「では、神事を行うに際しまして、決して行ってはいけないことがあります。楓さま、おわかりになりますか?」

 午前の診療が終わると、昼餉ひるげのあとは常盤が座学として常盤に神事について教えを説いてくれることになった。大学の講義のように小難しい内容ではないのだが、それでも神事という神聖さを伴うため、話を聞きながらも背筋が伸びる。

 常盤は書庫から文献をいくつも持って来てくれ、中に書かれた堅苦しい文章を説いてくれる。楓は午前中主にその文献を読んで過ごすことが多い。

「ええッと……“痛みを伴わない”と、“無理強いをしない”と……あと、“傷つけない”、かな……」

「御名答です。そしてそれは神子様と交わる我々の方により強く課せられております」

「どうして?」

 神事とは言えセックスであることは、楓は既に知っている。そしてセックスというものが片方だけに強くペナルティを課せられるものでないことも、性体験自体はないが、一応はわかっているつもりだ。

 だから、常盤の言葉に首を傾げて尋ねると、コホンと咳払いをした常盤が、不意に楓を両脇から抱え上げたのだ。

 常盤は見た目は楓より背は高いが、肉体のたくましさは松葉が上であることは一目瞭然だ。中性的な容姿で、細身で、正直こんなことができるようには見えない。それなのに。

「ヒャッ……! な、なに?!」

 悲鳴を短く揚げて身をすくめる楓を、常盤はそっと丁重に座布団の上に元通りに下ろしてくれた。ポカンとしている楓に、常盤は「おわかりになりましたか?」と言う。

 一体どういうことだろうか、と答えられずに惚けていると、常盤は苦笑して言葉を続ける。

「楓さまは、私を松葉よりもひ弱だとお思いでしたでしょう?」

「えっと、それは……」

「実際、肉体の強さや逞しさは、松葉が私よりも優れていることは認めます。あの狸なら、楓さまを片手で持ち上げることも容易いかと」

「そうなの?!」

 それならば普段どれだけ力を制御しているのだろうか……想像するだけで、松葉の怪力が恐ろしくなってくる。

「我々は半獣です。楓さまのような人間の血も流れておりますが、獣の血も流れているのです。そして獣は、人間よりも強い力を持っています。ですから、神子様とのまぐわいへの禁忌は、我々の方に強く課せられているのです」

「神子を、ケガさせるから?」

「それもありますし、何より、御命に関わりかねませんから」

 命にかかわる、と言われ、ぞくりと背筋が凍る。初めての晩に二人から感じた恐怖心は、もしかしたら本能からの警戒だったのかもしれない……そう、いまなら思える。

「最初の夜に、楓さまを泣かせてしまったこと、本当に申し訳ございませんでした。なんとお詫びをすれば……」

「ううん、僕も怖がり過ぎたのもあるから……お互い様じゃないかな。ありがとう、常盤」

 悔やんで苦しげな表情をして拳を握りしめる常盤に、楓はそうじゃないと首を振る。国の命運のかかった神事を前にしていた二人のプレッシャーや気の逸りを想えば、致し方なかった部分もある気もするからだ。

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